目が覚めると、みゃうはもう段ボールの箱から出ていた。
どこにいるのかと部屋の中を見回してみると、窓の下の薄日が差し込む辺りに動くものがある。後ろから光を受けて、ふわふわした輪郭が浮き上がっている。
みゃうだ。
起き上がった私を見て、みゃうは、みゃっと鳴いた。
いつもなら、私を見かけると寄ってきて身体を擦り付けるのだが、今朝は窓の下から動こうとせず、こちらを見ている。
そうか、トイレに行きたいのかな。
掃き出しの窓を開けると、ひょいっと飛び降りて、そのままどこかへ駆けていった。
しばらく様子を見ていたが、戻ってくる気配がないので、私も支度をして出掛けることにした。
外出先から戻ると、珍しく大家さんの奥さんがアパートの前に来ていた。
「こんにちは」
取り敢えず声をかける。
奥さんは、私を見つけて微笑んだ。
「こんにちは」
奥さんは、ゆったりと返した。
「どうされたんですか?」
「いえね、最近猫を見るって言われてね」
「そういえば、春の頃にその辺で子供を生んでたみたいですね」
私は、明後日の方を見ながらすっとぼけた。
「ああ、そうなんだねえ」
奥さんは続けた。
「その辺で、糞とかされないといいんだけどね」
「そうですね」
奥さんは、茂みの辺りを眺めていた。
私は、猫は嫌いな人のところに糞をするという話を思い出していた。
そういえば、奥さんは猫をどう思ってるんだろう?
しばらく眺めた後で、奥さんは腰に手を当てて、よっこらしょ、と身体を起こした。
「本当はね」
奥さんは語り始めた。
「私は動物を飼っても良いと思っているんだよ。でも、躾ができない人もいるし、動物が嫌いな人もいるからね」
奥さんは、私を見た。その目は、あなたは大丈夫よね、と言っているように見えた。
どう反応してよいのか判らず、私は黙って聞いていた。
「私も前は飼っていたんだよ。犬だけどね」
奥さんは遠くを見ながら続けた。
「また飼いたいけど、今からだと私が先に逝っちゃったら可哀想だからね」
そう言うと、奥さんは再び私に笑いかけ、そして帰って行った。
失礼します、と頭を下げ、奥さんを見送る。ようやく緊張から解放され、玄関の鍵を開けた。