時計の針は午後2時を少し過ぎていた。
薄暗い店内には、今淹れたばかりであろう珈琲の香りが漂っている。
他の客の会話が適度に打ち消される程度に流れているエリックサティを聞き流しながら、私は注文したアールグレイが運ばれてくるのを待っていた。
この店に来るのも久しぶりだ。
周囲が気にならない雰囲気と、店内の景色に溶け込んだマスター。
変わり続ける街の風景はよそに、ここだけは時が止まったようにさえ感じる。
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最終エイドから、もう30分は走っただろうか。
辺りは既に闇に覆われていた。
大きく左にカーブを切り、道幅のある坂道を下っていると、この辺りに住む人だろうか、車や人がすれ違うようになった。
その彼らが、「頑張れ」と声を掛けてくれる。
ありがとうございます、と、声だけは元気に返事をする。
いや、実際にはどれだけ声が出ていたのか分からないが。
続きを読む林道だ。
ここまで来れば、もう険しいトレイルはない。
さあ、ぶっ飛ばすぞ。
実際には、ぶっ飛ばすと言うには程遠いスピードだが、平坦な分、確実に速い。
淡々と進んで行くと、前方のランナーに追い付いた。
続きを読む紀和隧道上のチェックポイントに着くと、そこにいた長身の男性か私を見て笑顔を見せた。
序盤、転倒した時にお世話になったスイーパーの方だ。
「君がここまで来てくれてよかったよ」
そう言う彼にお礼を言いつつ、時間を確認する。
「ぎりぎりですか」
「ぎりぎりだね」
続きを読むこのレースでは、天辻峠から先は、エイドの通過に対して関門時刻が設定されている。
最初の関門になる、ここ天辻峠の関門時刻は16:00だ。
しかし、昨日のブリーフィングでも説明があったとおり、関門時刻をギリギリに通過したのでは、まず時間内の完走は難しい。
エイドに着いた私は、すぐに時計を確認する。
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