なんで…?
様々な思考が交錯して、どうしたらよいのか判断できずに、そのまましばらくしゃがみこんでいた。
目の前では、相変わらずみゃうがうずくまっている。
そうだ。病院に連れていかなきゃ。
あてはなかったが、駅前まで出ればきっと獣医くらいあるだろう。
みゃうをバスタオルで包み、鍵と財布をポケットに突っ込むと、とりあえず私は家を出た。
部屋の鍵を閉め、アパートの角まで来ると、そこには車の手入れを終えて、車の脇で一服している大屋さんがいた。
あ…!
大屋さんとまともに目が合った。
みゃうが…。
そう言ったつもりが言葉になってなかったも知れない。
大屋さんは、あわてふためいてる私と、腕の中でタオルにくるまれたみゃうを見た。
「…乗れ」
そう言うと、大屋さんは車に乗り込んだ。
私は黙って従った。
「どこでもいいな?」
助手席にもぐり込んだ私に、大屋さんは独り言のように言った。
「しっかり掴まってろよ」
車が走ってる間、私はずっとうつむいて、みゃうを抱き抱えていた。
音をあげて何度か急ターンを切った後に、車は初めて止まった。
顔を上げると、目の前には小さな動物病院があった。
大屋さんを見ると、行ってこい、というように私を見ていた。
何も言えず、ちょこっと頭を下げて、私は動物病院に駆け込んだ。診察終了間際だった。
窓口で簡単な受付を済ませると、誰もいない待合室の長椅子に座った。
蛍光灯が照らし出す待合室は、どことなく古びた感じがした。
診察室には、すぐに呼ばれた。
名前と歳を聞かれたので、元々野良猫だったことを伝えた。
ああ、野良ちゃんですね、と言いながら、獣医さんみゃうの診察を始めた。そして、静かに話し始めた。
この病気は、お腹に水が溜まる病気で野良猫には多いこと。
生まれたときから持ってることも多くて、多くの野良猫が成猫になる前にこの病気で命を落とすこと。
基本的に手立てはなく、持ってもあと数日であること。
ほら、生まれて半年にしては小ぶりですね、と獣医は続けた。
この病気の猫ちゃんは、大きくなれないことが多いと。
そして、今夜が峠かも知れないと。
今からいろいろやって長い間苦しませるよりも、美味しいものを食べさせてあげるとか、楽しい思いをさせてあげた方が良いと。
最後まで、大切にしてあげてくださいね、と。
そして、獣医は近くにある動物霊園を紹介し、でも、お金かかるからと、保健所に連絡すれば引き取ってもらえますよ、と付け加えた。
動物病院を出ると、道路に停めた車の脇で大屋さんが煙草を吸っていた。
私を見かけると、乗れ、というように私を見て、運転席に乗り込んだ。
私は何も言えないまま再び助手席に座った。
来たときとは対照的に、車は静かに走り始めた。
何回か、信号待ちらしい停止をした後で、車は静かに停まった。私がうつむいたまま動けずにいると、エンジンの音が切れた。
顔を上げると、見慣れた景色が見えた。
アパートの前だ。
運転席を見ると、大屋さんは私を向いて、いつもの微かな笑顔を見せた。
私は黙ったまま頭を下げ、車を降りた。
そして、もう一度お辞儀をすると、車は静かに走り去った。