東京の雪は、あっという間に溶ける。
どんなに降り続いても丸一日よりは降らないし、次の日は必ずと言っていいほど天気になり、強い陽射しを受けて、大抵はその日のうちにみんな溶けてしまう。
サラミに起こされて町に出ると、昼前なのに、既に雪は大分無くなっていた。
雪解けの町。
まるで一気に冬から春になったように、柔らかな陽射しが町中に降り注ぐ。
いつもの洋食屋の前を通りかかると、奥さんが道路の脇に残った、黒く残った雪を水で流していた。
「おはようございます」
「あら、おはよう。今日は休みの日でよかったわね」
相変わらずの元気さでそう言いながら、奥さんは仕事の手を休めて、僕と、そしてサラミを見た。
「そうそう、このわんちゃんよね、何て言うんだっけ?」
そういえば、まだちゃんと紹介していなかったっけ。
サラミです、と紹介すると、奥さんは声を出して笑った。
「なんだか、あなたらしいわね」
片手を腰に当ててサラミを見る奥さんの様子を見て、サラミはこの人は大丈夫と思ったらしい。猛烈に愛嬌を振り撒き始めた。
僕が、飛びかからないように止めていると、ちょっと待ってて、と言って奥さんは一旦店のなかに入って行った。
サラミと店の前で待っていると、少しして奥さんは出てきた。手に何か持っている。
「これ、スペアリブの骨のところ。
サラミちゃん、大丈夫よね?」
そう言いながら、ひとつ取り出してサラミに差し出す。
おいおい、と思ったけど、まあ、たまには贅沢もいいか。
ふとサラミを見ると、目の色を変えて奥さんの持つ骨に夢中になっている。
サラミは、奥さんからスペアリブの骨を受け取ると、一度地面に置いて、まるでお辞儀をするように、奥さんと骨を何度も繰り返し見た。
それから、ようやく骨を咥えてから嬉しそうに僕を見た。
その様子を見て、奥さんはまた片手を腰に当てて声を出して笑った。
「うちのカレーのスープを取った骨だからね、美味しいわよ」
奥さんは、そう言って僕に残りの骨が入った袋を渡した。
「また、いらっしゃいね」
僕は、奥さんに礼を言うと、洋食屋の前を後にした。