僕は部屋を出ると、アパートを振り返った。
ここの良いところは幾つかある。
古いけどきれいなこと。
小さいけど専用の庭がついてること。
駐車場がついてること。
他を知らないけど、大家さんもいい人だと思う。
もし、サラミが大きくなったら、あの庭で飼えるかな?
僕は車に乗り込むと、助手席の足元に持っていたタオルを広げ、その上にサラミを置いた。
大人しくしててね。
そう言って、僕は車のエンジンをかけた。
サラミは、一瞬驚いたように動きを止めたけど、すぐに慣れたようで、ふんふんとまたその辺の匂いを嗅ぎ始めた。
その様子を見て、僕は車をスタートさせた。途中、信号やカーブでは、できるだけ丁寧に運転した。
サラミは、何度かシートの上によじ登ろうとしてたけど、途中で諦めた様子だった。
近所のホームセンターに着くと、僕は一瞬迷ってから、サラミに声をかけた。
ちょっと、待っててね。
少しだけ窓を開けて、僕はサラミを残して車のドアを閉めた。
この街に住み始めてから、何かにつけて来ている店だったけど、今日はまるで違うものが見えてくる。
犬と。犬をつれている人と。
犬の道具と。餌と。
どうやら、カートから飛び出さないようにすれば、犬をカートに乗せて店内に入ってもいいらしい。ただし、ペットのコーナーだけ。
今度来るときは、サラミも連れて来よう。
取り敢えず、今日はさっさと買い物を済まそう。
犬用の重そうな餌入れ、小犬用のドッグフード、それから…。
思いつくものは、たぶん全部買って駐車場に戻ると、またどうやったのか、サラミは窓の向こうで飛び跳ねていた。
サラミ、おまたせ。
サラミに声をかけながら車に買ってきたものを積み込む。
そして、その中から首輪と散歩ヒモを取り出した。
ちょっと、歩いてみようか。
僕は、買ったばかりの首輪をサラミに着けてみた。
一番小さくしても、まだ緩い感じ。
まあ、抜けなければいいか。
そして、他の犬もそうしてるように、やはり真新しい散歩ヒモを繋いだ。
すると、普段からは信じられないほど、サラミは嫌がって暴れた。
まさに七転八倒。
周りから見たら、虐待してると思われるんじゃないかと、少しだけひやひやした。
僕は散歩ヒモを持っているだけなんだけど。
でも、すぐに慣れたらしく、サラミは何ごともなかったかのようにその辺の探索を始めた。
初めての「犬の散歩」に出発だ。
ペットショップがあるせいか、ホームセンターの駐車場には多くの犬好きがいて、仔犬のサラミは人気者た。
サラミは、相変わらず誰にでも愛嬌を振り撒いていて、どうやら番犬には向かなそうだ。
そして、何人かの人には、足が太いから大きくて立派な犬になるね、と言われた。
あんまり大きくなっても困るなあ、とか思いながら、適当なところで、ありがとうございました、とその場を離れ、あまり人がいない駐車場脇の緑地に移動する。
サラミは、どうやら探索するのが大好きなようで、放っておけばいつまででもフンフンと匂いを嗅いでいそうだった。
でも、行くよ、と声をかけると、僕を見上げてから僕に着いてくる。
いい犬だ。
ひとしきりぶらぶらしてから、僕たちは帰ることにした。
部屋に着くと、僕は犬用の柵でサラミ専用のコーナーを作った。
でも、閉じ込めておくのはかわいそうな気がして、入り口は開けておいた。