駆け抜ける森 見上げた空

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ゴールデン・ダスト ③並木道

 広い園内の一番奥には、銀杏の並木道がある。

 その並木道は、まさに今がそのピークとでも言うかのように、地面に近いところから枝の先端まで樹々の葉が黄色く染まっていた。

 そして、地面の上には、やはり黄色く染まった葉が降り積もり、辺り一面が銀杏の色に包まれている。

 遠く西の空からは、夕陽が黄金色の光を投げ掛け、その空間は、上から下まですべてが黄色く輝く世界になっていた。

  時折吹く風が銀杏の葉を巻き上げて音を立てる。

ベンチに座った老人が、連れた犬と一緒に黄金色に染まった並木道の空を見上げている。

 遠いところでは、親子連れの子供が落ち葉を集めて遊んでいた。

 舞い上げられた落ち葉が、風を受けて更に舞い上がる。

 それらの光景が一遍に目に飛び込んできた私たちは、しばらくは固まってように何もできず、ただその様子を眺めていた。

「凄い…、綺麗」

「凄い、ね」

 ようやく口を開いた彼女が、吸い寄せられるように並木道に歩き出すのに合わせて、黄色い絨毯の上に私も歩き出した。

 

 一歩、一歩、地面を踏みしめる度に、カサコソと落ち葉が音を立てる。

「今日は撮らないんだね、写真」

 歩きながら、彼女が話しかけた。

「ああ、今日は撮らない日だよ」

「どうして?」

「本当に綺麗なものは、心に焼き付けておくんだよ」

「へぇ~」

 なに言ってるんだか、と、軽く横目で見ながら、彼女は少し先を歩いてゆく。

 そう。

 今日は写真を撮らない日。

 なぜなら、もっと大事なものがあるから。

 そして、写真は自分の中にある何かを、目の前にある風景を通して、誰かに伝えるための表現のひとつ。

 今日は、その必要もないから。

 今、伝えたい伝えたいことがあるとすれば…。

 

「前に、聞いたことがあるんだけどね」

 少し先を歩く彼女に、私は話し掛けた。

「ゴールデン・ダストっていうのがあるらしいんだ」

 私を振り返り、なんなの、それ、と聞く彼女に、私は続けた。

 長野県の山のなかには、落葉松の森があり、秋も終わりに近付くと落葉松の葉は黄金色に黄葉する。

 そこに夕陽が差し込むと、まさに燃えるような黄金色になる。

 晩秋の頃には、時々、強い風が吹く日があって、それが、落葉松の森が黄金色に黄葉した夕方に重なることがある。

 そうすると、落葉松の葉が一斉に木の枝を離れ、そこら中に黄金色の葉が舞っている所に夕陽が当たり、周り中の空間がキラキラした黄金色の世界に包まれるのだ。

 まさに、ゴールデン・ダスト、ダイヤモンド・ダストの黄金版だ。

 しかし、いつでも観ることか出来るものではなく、程よく黄葉した葉が枝に残っていて、晴れた日の夕方に、強い風が吹く、という3つの条件がすべて揃う必要がある。

 チャンスは年に1度だけ。

 しかも、当然観ることが出来ない年もある。

 だから、非常に珍しい現象なのだが、長野県のどこかの山の中にある落葉松の森では、比較的この条件が揃いやすいらしい。

 しかし、その場所は明らかにはされていない。

 どうやら秘密の場所らしい。

 

「それ、みたの?」

「やっぱり難しいね

 すごく緩いのはこの前見たけど」

 先日、武甲山に登った際に、緩い北風に落葉松の葉が晩秋の陽射しを受けて輝くのを見た話をした。

 でも、昼間だったし、ゴールデン・ダストと呼ぶには程遠い。

「いいなあ、私もみたい」

「そうだね、見てみたいね」

 しかし、ゴールデン・ダストが起きるのは山深い森の中、体力のない彼女が観に行くのは難しい。

 

「俺が、撮ってくるよ」

 黄金に輝く世界を、彼女に見せたかった。

 一緒に行かれないなら、せめて…。

「そうね、でも…」

 そう言いながら、私に顔を向けたまま彼女は身体の向きを変えた。

 そのまま、少し前を歩いてゆく。

 そう。

 これが今の距離感。

 近いようで、遠い。

 

「ねえ」

 少し先まで進んでから、彼女は振り向いた。

 そして、今度は彼女が話し始めた。

「前に、日食を観に行ったよね」

「ああ、行ったね」

「あれはよかったなぁ。

 世の中にあんなものがあるなんて知らなかった」

 あの時は、色々難しいことがあるなかで、かなり頑張って二人で行った。

 南海の孤島へ。

 たった数分間の天体ショーを観るために。

 そう。

 彼女に見せたかったから。

 月が太陽を完全に隠す皆既日食

 真昼なのに、辺りは夕暮れのように暗くなり、360度すべての地平線が明るく浮き上がる。

 そして、空には幻想的に揺らめく青い炎のリングが浮かんでいた。

 悪天候のため、他の島では観れない中で、その島だけは奇跡的に観ることができた。

 

「ほんと、凄かったよね」

「うん、すごかった」

 彼女は歩くのを止めて私を見た。

 私も、一定の距離を空けて立ち止まる。

 夕暮れ近い風が、彼女の髪やコートを靡かせる。

 オレンジ色に変わった光が、逆光気味に立つ彼女の輪郭を、柔らかく浮き上がらせていた。

「珍しいお魚も一杯食べれたし

 楽しかったなあ

 連れてってくれてありがとう」

 彼女は、少し俯いたように見えた。

 逆光で、その表情は見えない。

 言葉が見つからず、ただ、彼女を見つめていた。

「私たち

 どうしてこうなっちゃったのかしらね」

 少しの間、オレンジ色の光に包まれたまま、音の無い時間が過ぎた。