ふうっ。
大きく息をついてから、また歩き出す。
とにかく、目の前の一つひとつをクリアしていこう。
何としてでも、ゴールまでたどり着かなければ。
先行する選手を追って、目の前の直登をよじ登る。
時には斜面に生えている草を掴んで、一歩、一歩、身体を引き上げる。
そうして、斜面を登っては、また降る。
ひたすらその繰り返しが続く。
完走したい。
そして来年のUTMFに繋ぎたい。
思うように前へ進めない身体とゴールへの想いとの間で揺れ動く。
時折、森林が切れて景色が広がる。
ふうっ、とまた大きく息をついて、景色を眺めている選手を追い越す。
とにかくリタイアしたくなかった。
しかし、見えない時間との戦いの中で、その想いは重苦しくのし掛かった。
森の中の緩い下り坂。
踏ん張りながら、もう一人追い越す。
これで二人。
そうして必死の思いで進んでいると、突然、正面の森の中から、痩せ細った白装束の男性が現れた。
スタート前に聞いた百日回峰行の方だ。
目があった瞬間、彼は大きく道を開けてくれた。
辛そうな表情の彼の足元は草鞋だった。
草鞋で藪の中は痛いだろうに。
辛くて声が出なかったので、頭を下げて通りすぎる。
この後、もし今後のことを考えてリタイアしたとしても、或いは行けるところまで行ったとしても、長い目で見れば、きっとどちらでも良いのだろう。
どちらを選んだとしても、きっと、相応の何かを手に入れることができる、そう思った。
時間内にゴールできる確証は全くない。
でも、進んでいった先に、何かがあるような気がした。
この厳しい状況の先に、きっと何か見えてくるものがある。
もしそうなら、それを見に行ってみても良いのではないか。
無くしたと思っていた携帯も出てきた。
あとはゴールまで行くだけだ。
チェックポイントの切抜峠に到着。
ここまでに、最後尾から四人を追い抜いた。
しかし、あくまでも今回の相手は時間。
時刻は11:35、ほぼ5分の遅れ。
このポイントには、私の怪我のことは伝わってはいないようだ。
休憩は取らずに足早に出発する。
とにかく、前へ。
何がなんでも完走したい。
リタイアしたくない。
そう思ってる間は辛かった。
しかし、進むにつれて、少しずつ気持ちが変化してきた。
せっかくこのコースを走りに来たんだ。
ならば、しっかりと味わい尽くしていこう。
そして、たどり着けるならすべてを味わい尽くして、このコースは終わりにしよう。
その時だった。
山の中に、前日の祈祷の時に聞いたような法螺貝の音が鳴り響いたような気がした。
そして、それに続いて今度は僧侶たちの祈祷の声が聞こえてきたような気がした。
すると、身体がふわっと浮き上がったような、少しだけ軽くなったような気がした。
前を見ると、体格の良い白装束の後ろ姿が私を先導するように駆けて行く。
役の小角か、弘法大師か。
私に追いてこい…。
そう言ってる様な後ろ姿は、宙を駆けるように現れ、そして、消えた。