ふうっ、と息をついて座り込む。
「お疲れさまでした。大丈夫ですか?」
スタッフの方が、これですね、と、私のスマホと名物の柿の葉寿司を手渡してくれた。
よかった。
1つ、心のつかえが取れた。
時計を見ると、ちょうど8時。
一体、どれだけ飛ばすとこうなるのか。
ふうっ、と、もう一度息をついた。
この後、どうするか。
足の状態を確認するために靴下を下げる。
「すっごい腫れてますね…」
声をかけてくれたスタッフの方に、何か冷やすものはないかと聞いてみる。
しかし、湿布やコールドスプレーなどは置いていないとのことだった。
このレースは、私が目標とするUTMFに参加するために必要なポイントを得るための重要なレース。完走なくして来年のUTMF参加はあり得ない。
やはり、どうしても完走したい。
私は、スタッフの方に頼んで水をもらい、腫れた足首に掛けた。
そして、足首に手を当てる。
たのむ、ゴールまでもってくれ。
そう呟くと、靴を履き直して立ち上がった。
「次のポイントまで行ってみます」
スタッフの方は、驚いたように私を見た。
「無理しないでくださいね」
現在、8時10分より少し前。
まだ、第一目標タイムよりも約10分早い。
ここまでの貯金を使って、どこまで行けるか。
スタッフの方に礼を言うと、私はエイドを後にした。
この先、次にリタイア出来るのは、約7km先の小南峠の分岐だ。
しかし、その前に、このコース最高地点となる大天井ヶ岳を通らなければならない。
大天井ヶ岳までは、ひたすら登りだ。
一歩、一歩、左足を着く度に足が足首に食い込むような感覚を感じながら進む。
痛みに耐えながらも、ゴールへ繋がっているはずの一歩を、確実に確保して行く。
見えた。そこが頂上だ。
頂上に上がると、数人の選手が休んでいる。序盤の超ハイペースにやられたのだろう。やはり、速すぎたのだ。
時計を見ると、9時丁度。早くも第二目標タイムまで遅れた。
写真だけ撮り、景色もそこそこに下山を開始する。
しかし、この足での下山は登る以上に厳しかった。
少しでも、足を着く角度を間違えると、痛いだけではなく踏ん張りも効かない。下りでは、手を使ってカバーするのも難しいので、ひたすら着地点と足の着き方に集中してトレイルを下る。
どうにか次のポイントである小南峠に着くことが出来たが、痛みのため、私は再び座り込んだ。
時計を見ると、10時15分、すでに最終目標ラインより遅れ始めていた。
どうする?
明らかに、最終目標とするペースよりもペース自体が遅い。
このまま最終ラインよりジリジリと遅れ、足に負担を掛けるリスクを侵しながら進む事に意味はあるのだろうか?
…いや、まてよ。
最終エイドのある天狗木峠からゴールまでの7kmの区間に、謎の一時間があったはず。しかも、その区間は下りのロードだ。
その一時間を使っていけば、関門にさえ掛からなければ何とかなるのでは?
まだ、諦める訳にはいかない。
…よし。行ってみよう。
休んでいる間に、大天井ヶ岳の山頂で抜いた選手たちが追い抜いて行った。再び再開からの追い上げだ。
「行きます」
そう言って立ち上がると、スタッフの方が驚いたように私を見た。
ひとつ前のエイドから連絡を受けていたのだろう。
でも、止めることはなかった。
時計を見ると、10:20を過ぎたところだ。
スタッフの方に見送られながら、小南峠を後にする。
しかし、数分もしないうちに、一瞬だけ後悔することになる。
そこには、いきなり壁(崖のような斜面)が待ち構えていた。