駆け抜ける森 見上げた空

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Kobo Trail 編 ③転倒

 コースは再びトレイルに戻る。

 今度は急登だ。

 最初は階段だったが、次第に大きな岩の続く山道へと変わる。

 この四寸岩山へと続く険しいトレイルでは、スピードを落とさないように大股で、一歩ごとに両手で膝を押しながら岩の段差を登る。

 その段差が一息つき、少し前が渋滞しているタイミングで、この険しい様子を写真に撮ろうとポケットに手を伸ばす。

 …無い。

 

 そこに収まっているはずのスマートフォンが見つからない。

 他の選手の邪魔にならないように列から逸れて、もう一度ポケットのなかを探ってみる。

 しかし、狭いポケットの中だ。どこかへ行きようはない。

 どこかで落としたのだ。

 この急登に入る前に写真を撮っている。ということは、この急登のどこかだ。

 時間的には、想定よりも相当早いペースで進んでいる。少しは探す時間はあるはずだ。

 私は、意を決して探しに戻る事にした。

 「携帯落ちていませんでしたか?」

 行き違う選手たちに声を掛けながら戻る。

 どの選手も進むことに一生懸命だが、中には返事を返してくれる選手もいる。

 しかし、探しものは見つからない。

  ついには、最後尾の選手に追くスイーパーのところまで戻った。

 「どうかしましたか?」

 声を掛けてくれたスイーパーに事情を説明する。

 すると、ここまで見掛けなかったこと、そして、もう1人スイーパーがいるので聞いてみると良いことを教えてくれた。

 

 スイーパーに礼を言い、更に後方へ向かう。しかし、何処を探しても見つからない。結局、舗装道路からトレイルの急登が始まる所まで戻った。

 確か、この辺りで写真を撮ったはず。

 これ以上戻っても、無い。

 1人来た道を折り返し、再び探しながら登り返す。

 足元やその周囲をくまなく探しながら、それでも遅れを最小限にするためにぐんぐん登る。

 トレイルの左側はきつい斜面だ。こっちに落としたなら、多分だれも見つけることは出来ない。

 携帯を無くした場合や、誰かに悪用された場合の様々なリスクが頭をよぎる。

 いけない、いけない。

 違うことに気をとられてるときは、往々にして転倒するものだ。

 目の前で、パチン、と手を叩き、集中力を上げる。

 そして、再び登り始め、そして、探す。

 気がつくと、携帯を無くしたことに気付いた所まで戻っていた。

 一瞬、立ち止まって考える。

  一往復の間探してきた。恐らく、見落としはない。誰かが拾ったか、崖下まで落ちたかのどちらかだ。

 いや、きっと誰かが拾っていて、届けてくれているだろう。そう思うことにした。

 

 もうひとつ気になることがあった。

 携帯を探すのに、約15分かかっている。

 それでも、元々設定した中で最も早い第一目標タイムよりも、まだ15分は早いはずだ。

 しかし、周囲にはだれもいない。

 相当厳しいと言われるこのレースで、考えられることは、今年の参加者全員が強者なのか、或いは、過去の完走記録を元にしたはずの設定タイムが間違っているか。

 確かなことは、周りには既に誰もいないということだ。

 「さあ、追撃戦開始だ」

 そう呟き、レースを再開した。

 

 このレースの完走率は70%位だろうか?

 だとしたら、そのくらいの順位までは追い上げておきたい。

 四寸岩山を過ぎると、コースは下りになる。

 下りの山道を、加速しながら一気に下る。

 まもなく最後尾の選手とスイーパーに追い付く。

 「携帯ありました?」

 気にかけてくれる二人に無かったと返事をしつつ更に駆け降りる。

 5~6人は抜いただろうか?

 最初のエイドがある九十丁まで、あと一息だ。

 

 一瞬、気持ちが目の前のトレイルから次のエイドに移っていた。

 その瞬間、意識が離れた左足の爪先が飛び出した木の根に触れた。

 加速した身体はそのまま前進を続け、取り残された左足は不自然に捻れた。

 パキっと、乾いた音がした。

 そして、そのままトレイルに転がった。