コースは再びトレイルに戻る。
今度は急登だ。
最初は階段だったが、次第に大きな岩の続く山道へと変わる。
この四寸岩山へと続く険しいトレイルでは、スピードを落とさないように大股で、一歩ごとに両手で膝を押しながら岩の段差を登る。
その段差が一息つき、少し前が渋滞しているタイミングで、この険しい様子を写真に撮ろうとポケットに手を伸ばす。
…無い。
そこに収まっているはずのスマートフォンが見つからない。
他の選手の邪魔にならないように列から逸れて、もう一度ポケットのなかを探ってみる。
しかし、狭いポケットの中だ。どこかへ行きようはない。
どこかで落としたのだ。
この急登に入る前に写真を撮っている。ということは、この急登のどこかだ。
時間的には、想定よりも相当早いペースで進んでいる。少しは探す時間はあるはずだ。
私は、意を決して探しに戻る事にした。
「携帯落ちていませんでしたか?」
行き違う選手たちに声を掛けながら戻る。
どの選手も進むことに一生懸命だが、中には返事を返してくれる選手もいる。
しかし、探しものは見つからない。
ついには、最後尾の選手に追くスイーパーのところまで戻った。
「どうかしましたか?」
声を掛けてくれたスイーパーに事情を説明する。
すると、ここまで見掛けなかったこと、そして、もう1人スイーパーがいるので聞いてみると良いことを教えてくれた。
スイーパーに礼を言い、更に後方へ向かう。しかし、何処を探しても見つからない。結局、舗装道路からトレイルの急登が始まる所まで戻った。
確か、この辺りで写真を撮ったはず。
これ以上戻っても、無い。
1人来た道を折り返し、再び探しながら登り返す。
足元やその周囲をくまなく探しながら、それでも遅れを最小限にするためにぐんぐん登る。
トレイルの左側はきつい斜面だ。こっちに落としたなら、多分だれも見つけることは出来ない。
携帯を無くした場合や、誰かに悪用された場合の様々なリスクが頭をよぎる。
いけない、いけない。
違うことに気をとられてるときは、往々にして転倒するものだ。
目の前で、パチン、と手を叩き、集中力を上げる。
そして、再び登り始め、そして、探す。
気がつくと、携帯を無くしたことに気付いた所まで戻っていた。
一瞬、立ち止まって考える。
一往復の間探してきた。恐らく、見落としはない。誰かが拾ったか、崖下まで落ちたかのどちらかだ。
いや、きっと誰かが拾っていて、届けてくれているだろう。そう思うことにした。
もうひとつ気になることがあった。
携帯を探すのに、約15分かかっている。
それでも、元々設定した中で最も早い第一目標タイムよりも、まだ15分は早いはずだ。
しかし、周囲にはだれもいない。
相当厳しいと言われるこのレースで、考えられることは、今年の参加者全員が強者なのか、或いは、過去の完走記録を元にしたはずの設定タイムが間違っているか。
確かなことは、周りには既に誰もいないということだ。
「さあ、追撃戦開始だ」
そう呟き、レースを再開した。
このレースの完走率は70%位だろうか?
だとしたら、そのくらいの順位までは追い上げておきたい。
四寸岩山を過ぎると、コースは下りになる。
下りの山道を、加速しながら一気に下る。
まもなく最後尾の選手とスイーパーに追い付く。
「携帯ありました?」
気にかけてくれる二人に無かったと返事をしつつ更に駆け降りる。
5~6人は抜いただろうか?
最初のエイドがある九十丁まで、あと一息だ。
一瞬、気持ちが目の前のトレイルから次のエイドに移っていた。
その瞬間、意識が離れた左足の爪先が飛び出した木の根に触れた。
加速した身体はそのまま前進を続け、取り残された左足は不自然に捻れた。
パキっと、乾いた音がした。
そして、そのままトレイルに転がった。