レース前日、ブリーフィング(競技上の注意点及びコースの最新情報説明)に続き、選手は本堂に集められた。続いて大勢の僧侶たちも本道に入り、そしておもむろに護魔焚きの祈祷が行われた。
読み上げられていく数々の真言に続いて祈祷の内容が読み上げられる。
これから旅に出る選手たちの道中の安全と完走、そして、天候の回復。
その甲斐あってか、夜からは雨の天気予報の中、朝になると空はみるみる晴れ渡っていった。
やがて、境内には祈祷の時と同じ法螺貝の音が鳴り響く。
それに合わせて選手たちが一斉に動き出す。
朝六時。
スタートの合図だ。
白系の服で身を包んだ選手たちが熊野の門前町を駆け抜けて行く。
山へ入るまで、少しの間は舗装された道だ。
マラソンなどのロードレース上がりの私は、ここでは必然的に前方集団につけることになる。いつものことだ。
そして、そのロードも進むにつれて勾配が急になり、歩き始めるとずるずると順位を後退させる。それも、いつものことだ。
林の中を抜けて、やがて道はトレイルに入る。
一般的に、多くのトレイルランナーは登るスピードが速い。
対して、私は登りや急な下りは苦手だ。だから、ここでもどんどん抜かれる。特にこのレースでは、レベルの高い選手が集まったのか、非常にペースが速い。荷物を背負いながら凄いものだと、いつも思う。
荷物と言えば、他人と比較して私のは大きく、明らかに重い。
私の荷物は大抵5kgくらいにはなるが、外の選手のはせいぜい2kg程度に見える。
まず、大きく違うのは水の量だ。私は2Lは持って走るが、外の選手は1Lくらいだろうか。
そして、バックパック。最新型のモノは500g前後だが、対する私のは倍くらい重い。
そして、その他に個人的には必携装備と思われるファーストエイドやエマージェンシーシート、雨具や携帯トイレなどを合わせると、どうしてもそうなるのだが、恐らく私が心配性なために多目に持っているものもあるのだろう。一度、少量化のための研究もした方が良さそうだ。
そんなことを考えながら進んでいくと、パッと景色が広がる。あっという間に山深い中だ。山々の稜線が、遠く霞む高い山の峰まで続く。
ふぅ、っと息をついて、再び遅れないように走り始める。
レースはまだ始まったばかりだ。
トレイルのレースでは、道迷いは致命的になりかねない。だから、万が一に備えてコンパスや地図、GPSなどは装備するが、基本的にはコースの案内表示がある。
国内のレースは、海外に比べて基本的にしっかりしているらしい。この奥深い山中でレース中に遭難することは希だ。
この大会の表示は、特に充実している。これも、大会主催者がレース前日まで何度も試走を繰り返し、初めて走る選手に対しても確実な案内表示が出来ているかの確認をしてきた成果だろう。本当に頭が下がる。