戸を開けて、中に入ろうとすると、何かが足元をすり抜けた。
みゃうだ。
私は慌てて扉を閉めた。
今の様子を奥さんに見られてないだろうか。そう思うとドキドキだった。
「おまえ、どこにいたんだよ」
今まで、その辺の茂みにでも隠れていたのだろうか。それにしては、よく見つからなかったな。
いや、もしかしたら今の様子を見かけて奥さんが戻ってくるかもしれない。
不安な私をよそに、みゃうは、早く入りなよとでも言うように私を見上げている。
外の様子が心配だったが、ここでまた外を覗くのもかえって不自然だろうと思い直し、鍵を閉めるとみゃうを促して部屋に入った。
みゃうも続けて中に入ると、部屋の奥の段ボールの箱のそばにある古新聞の上に置いた水を飲み、その後で残っていたカリカリの餌を食べ始めた。
この状況でも、みゃうは相変わらずマイペースだった。私はと言えば、今だに外の様子が心配でおろおろした気持ちだったが、みゃうは、食べ終わると何事もなかったかのように、うん、と伸びをしている。
「おまえ、ホントに大物だな」
みゃうは、私を見ると、みゃっ、と、小さく鳴いた。
この時初めて、私はみゃうが今まで黙っていたことに気がついた。
恐らく、奥さんがいる間は身を潜めていて、私が扉を開けたその瞬間を見計らって家に飛び込んで来たのだろう。
そして、気配を感じて今まで黙っていたのだ。
ほんと、すごいよな。
私の独り言をよそに、みゃうは、また、ひょいっと段ボールの箱に飛び込み、そして眠り始めた。
小さな箱のなかに、円くなって、見事に納まっている。そして、何かを聞いているように、時々耳だけが動く。
私は寝ているみゃうを起こさないように、出来るだけ静かに食事の支度をした。そして、みゃうの傍に座り、半分毛の中に埋もれたみゃうの寝顔を見ながら夕飯を食べた。
そういえば、それなりに長いことみゃうと過ごしてきたが、これだけ傍でまじまじと眺めるのは初めてだった。
白と黒のふかふかとした毛の中に小さな耳が見える。顔は毛の中に埋もれていて見えないが、耳がその在処を示している。
私は、そのふかふかとしたものに触れたい衝動を抑えられず、そっと触れてみた。
柔らかく、そして、温かい。
みゃうは、ぴくぴくっと耳を動かした。
みゃう、よく来てくれたね。
そう呟いて、私はみゃうに触れていた手を離した。みゃうは何事もなかったように眠っている。
その日は、夜遅くまで、ずっとみゃうを眺めて過ごした。
これまでにないような、静かで、素敵な時間が過ぎていった。
翌朝。
みゃうは、また掃き出しの窓の前で待っていた。
私が窓を開けると、ひょいっと地面に飛び降りて、どこかへ駆けていった。
私も出かける支度をして窓の外を見ると、みゃうが私を見上げている。
窓を開けると、みゃうは部屋に入ってきて、カリカリの餌を食べ始めた。
みゃうは食べ終えると、少しだけ水を飲んで、再び段ボールの箱に入って眠り始めた。
どうしたのかな、と思いつつも、出かける時間だったので、少し悩んだ後、カリカリの餌と水を補充し、古新聞などを広げて家を出た。